さよならの季節

扉を隔てた向こうに祖母が眠っている。祖母にはもう朝も夜もやってこない。畳の臭いのする祖母の家には誰も居ないし、病院に行っても祖母は居ない。2ヶ月後には米寿のお祝いが控えていた。
目を閉じた祖母は3週間前に会った時よりもさらに痩せ細り、以前の面影を残してはいない。それ故、祖母が死んだことを祖母と対面しても実感できなかった。何度顔を見ても涙は出なかった。末期の水をとると、柔らかい筈の唇が蝋のように硬くなっているのがわかった。

弟は祖母の眠る部屋に行くことを嫌がった。泣けてくるのがわかっているから、だそうだ。だけど初七日までは人目を憚らず泣いてもいいだろう。別れは今しかできない。別れから逃げれば後悔をするかもしれない。かつての私のように。

私が多賀城に戻る前の日に見舞った時、ふいに手を握られたことを思い出して私は泣いている。病名や病状をしらなくても祖母はこれが最期かもしれないとわかっていたのかもしれない。私が大きくなってから最初で最期の握手だった。

全力で別れを告げようと思う。それが私の感謝の示し方だと信じている。